大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11546号 判決 1997年6月26日

原告

片山文治

ほか二名

被告

島本宣明

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、金五九万一一八一円及びこれに対する平成七年一〇月三一日から各支払済みまで年五分の割台による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その七を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第二項を除き、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告ら各自に対し、金四七九万四九〇四円及びこれに対する平成七年一〇月三一日から各支払済みまで年五分の割台による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が運転する普通乗用自動車が交差点を自転車で横断中の片山幾榮に衝突し、同人を死亡させた事故につき、同人の子である原告らが被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠により比較的容易に認められる事実

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年一〇月三一日午後九時五五分頃

場所 和歌山市黒田一〇五番地の三先交差点

事故車両 普通乗用自動車(和歌山五八せ六四七)(以下「被告運転車両」という。)

右運転者 被告

被害者 片山幾榮(以下「幾榮」という。)(昭和五年一二月一日生)

態様 幾榮が交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)を自転車で横断していたところ、被告が運転する被告運転車両が幾榮に衝突した。

2  幾榮の死亡

本件事故の結果、幾榮は、脳挫傷により、平成七年一〇月三一日午後一〇時三四分に死亡した。

3  相続

幾榮の死亡当時、原告らはその子であつた(甲八ないし一一)。

4  損害の填補

原告らは、本件交通事故に関し、自動車損害賠償責任保険から二二三五万六三〇〇円の給付を受けた。

原告らは、被告から、葬儀費等として、一〇〇万円を受領した。

二  争点

1  被告の過失の有無

(原告らの主張)

被告は、交通整理の行われていない本件交差点を北から南に向かつて直進進行するにあたり、右交差点南西角付近で自転車にまたがつて停止していた幾榮をみとめたのであるから、幾榮の動静に注意し、その安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然進行した過失により、折から右交差点を西から東に向かつて自転車に乗つて横断していた幾榮の発見が遅れて幾榮に衝突させたので、被告には安全運転義務違反の過失がある。

(被告の主張)

争う。

2  損害額

(原告らの主張)

(一) 逸失利益 合計一五五四万一〇一二円

(1) 給与所得分 八二一万八九一二円

幾榮の死亡直前給与所得は年九五万六八〇〇円であつた。幾榮の死亡時の年齢は六四才であつたから、就労可能年数は一一年である。幾榮は、遺族厚生年金として年九三万六一〇〇円を受給しており、これにより、幾榮の生活費は賄われていた。

(計算式) 956,800×8.59=8,218,912

(2) 将来の国民年金(老齢基礎年金)分 七三二万二一〇〇円

幾榮は、満六五才となつた時点(平成七年一二月一日)で、国民年金を受給することは確実であつた。年金支給予定額は年五一万九一五二円である。幾榮は右年金を二一年間受給することが可能であつた。幾榮の死亡直前の給与所得は年九五万六八〇〇円であつた。幾榮は、遺族厚生年金として年九三万六一〇〇円を受給しており、これにより、幾榮の生活費は賄われていた。

(計算式) 519,152×14.104=7,322,100(一〇〇円未満切捨て)

(二) 慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

(三) 葬儀費用等 一〇〇万〇〇〇〇円

(四) 弁護士費用 一二〇万〇〇〇〇円

(被告の主張)

不知。

3  過失相殺

(被告の主張)

本件では、<1>被告運転車両の進行道路の方が明らかに広い幹線道路であり、かつ幾榮の進路には一時停止の標識が設置されていたこと、<2>本件事故は夜間に発生したものであること、<3>被告には、速度違反その他特段の交通法規違反はないことに照らし、少なくとも五〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

(原告らの主張)

本件では、<1>幾榮が六四才の老人であつて自動車運転手にはより一層の注意が要請されること、<2>幾榮は、自転車にまたがつて本件交差点南西角やや前方付近で停止しており、すぐにでも本件交差点に進入できる体勢にあつたこと、<3>本件交差点には横断歩道が設けられていたこと、<4>本件交差点は進路前方の見通しがよく、夜間であつても照明灯があり、比較的明るかつたこと、<5>幾榮の方が本件交差点に先入していたことにかんがみると、被告には極めて重大な過失があるというべきであるから、仮に過失相殺をするとしても過大な過失相殺率を用いるべきではない。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1及び3について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実及び証拠(甲一、一二5、25、27、28、被告本人)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、和歌山市黒田一〇五番地の三先交差点であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件交差点は、南北方向の道路(以下「南北道路」という。)と東西方向の道路(以下「東西道路」という。)とがほぼ垂直に交わる交差点であり、信号機による交通整理は行われていない。南北道路の幅は約一六・七メートルであり、東西道路のうち本件交差点西側にある道路の幅は約五・八メートルである。南北道路は、片側二車線(本件交差点手前の右折用車線を除く。)であり、通常時の交通量は多い道路である。南北道路につき、道路標識等による速度制限はされていなかつた。南北道路を北から南に進行した場合、本件交差点における前方及び右方の見通しはよく、夜間であつても、照明灯があるため、比較的明るい状態であつた。被告は、平成七年一〇月三一日午後九時五五分頃、被告運転車両を運転し、南北道路を北から南に向かつて、時速約六〇キロメートルで走行中、別紙図面<1>地点において、本件交差点南西角付近(同図面<ア>地点)で自転車にまたがつて停止し、東方向を向いている幾榮(当時六四才)をみとめた。被告は、幾榮が被告の通過を待つてから横断するであろうと考え、幾榮の動静について注意することなく、右速度のまま進行したところ、同図面<2>地点において、幾榮が自転車に乗つて同図面<イ>地点まで進行してきているのに気付き、ブレーキをかけたが、間に合わず、同図面<3>地点において幾榮の乗つている自転車(同図面<ウ>地点)の左側面に被告運転車両前部を衝突させ、幾榮を同図面<オ>地点に転倒させた。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告が本件交差点を通過するにあたり同交差点南西角付近で自転車にまたがつて停止していた幾榮をみとめたのであるから、幾榮の動静に注意し、その安全を確認して進行すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つたまま漫然と進行した過失のために起きたものであると認められる。そして、幾榮が六五才間際の老人であり、自動車を運転する者には一層の注意が要請されること、幾榮の方が明らかに交差点に先入していること(衝突の位置、自転車と自動車との速度差から推認される。)を併せ考えると、被告の過失は決して軽いものとはいえない。しかしながら、その反面において、南北道路の方が明らかに広い幹線道路であり(東西道路の約二・八倍の広さである。)、かつ東西道路には一時停止の標識が設置されていたのであるから、幾榮としても南北道路を進行してくる車両につき相当の注意を払う必要があつたというべきであるところ、前記事故態様によれば幾榮にも被告運転車両の進行について注意を欠く点があつたことは否定できない。それゆえ、一方的に被告の過失のみをとがめるのは公平に反する。したがつて、本件においては、右一切の事情を斟酌し、三割の過失相殺を行うのが相当である。

なお、被告は、本件事故が夜間に発生したことをも過失相殺の根拠となる事実として主張するが、前記のとおり、本件交差点は照明灯があるため、比較的明るかつたのであり、現に被告も別紙図面<1>地点において幾榮の存在に気がついていたのであるから、被告主張の右事実をもつて過失相殺の根拠となる事実と認めることはできない。他に前記過失相殺の率を左右すべき事実を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2について(損害額)

幾榮は、本件事故により、次のとおり、損害を被つたものと認められる。

1  逸失利益 一四六七万一二〇三円(請求一五五四万一〇一二円)

(一) 給与所得分 七六〇万一七七六円(請求八二一万八九一二円)

証拠(甲三、四)によれば、幾榮の死亡直前の三か月の給与所得は二三万九二〇〇円であつたことが認められ、これをもとに年間の給与所得を算出すると、幾榮の死亡直前の給与所得は年九五万六八〇〇円であつたと推認することができる。幾榮の本件事故当時の年齢に照らすと、幾榮は、本件事故に遭わなければ、本件事故時から一〇年間は稼働することができたと認められる。

そして、幾榮が生前遺族厚生年金と給与所得とで生活をしていたこと(甲一三)、右遺族厚生年金の額は九三万六一〇〇円であつたこと(甲五)、前記のとおり死亡直前の給与所得の金額が年九五万六八〇〇円程度であつたことにかんがみると、後記のとおり幾榮は六五才から年五一万九二〇〇円の国民年金(老齢基礎年金)が支給されることとなつていたことを勘案しても、幾榮の生活費は、遺族厚生年金分をもつて賄うことができると認められ、給与所得分及び国民年金(老齢基礎年金)分の逸失利益の算出にあたつて生活費控除をすべきではないとするのが相当である。そこで、右給与所得を基礎に、生活費控除をないものとして、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右稼働期間内の給与所得分の逸失利益の現価を算出すると、七六〇万一七七六円となる。

(計算式) 956,800×7.945=7,601,776

(二) 国民年金(老齢基礎年金)分 七〇六万九四二七円(請求七三二万二一〇〇円)

証拠(甲六、七、一三)及び弁論の全趣旨によれば、幾榮は、本件事故に遭わなければ、満六五才となる平成七年一二月一日以降、国民年金(老齢基礎年金)として、次のとおり、年五一万九二〇〇円を受給することができたと認められる。

(計算式)

(五〇円以上一〇〇円未満を一〇〇円に切り上げ)

平成六年簡易生命表によると六五才女子の平均余命は二〇・九七年であるから(当裁判所に顕著)、幾榮の本件事故時の年齢を勘案すると、幾榮は右年金を二〇年間は受給することが可能であつたと認められる。そこで、右年金額を基礎に、前記のとおり生活費控除をないものとして、新ホフマン式計算法により、年五分の割台による中間利息を控除して、右期間内の国民年金(老齢基礎年金)分の逸失利益の現価を算出すると、七〇六万九四二七円となる。

(計算式) 519,200×13.616=7,069,427(一円未満切捨て)

2  慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円(請求どおり)

本件事故の態様、幾榮の年齢、その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、幾榮の死亡慰謝料としては、原告らの請求どおり二〇〇〇万円を認めるのが相当である。

3  葬儀費用等 一〇〇万〇〇〇〇円(請求どおり)

本件事故と因果関係のある葬儀費用等が一〇〇万円であることにつき、当事者間に争いはない。

4  過失相殺後の金額 二四九六万九八四二円

以上掲げた幾榮の損害の合計は、三五六七万一二〇三円であるところ、過失相殺として三割を控除すると、二四九六万九八四二円(一円未満切捨て)となる。

5  損害の填補分を控除後の金額 一六一万三五四二円

前記争いのない事実のとおり、原告らは、本件交通事故に関し、合計二三三五万六三〇〇円を受領しているから、これを二四九六万九八四二円から控除すると、一六一万三五四二円となる。

6  弁護士費用 一六万〇〇〇〇円(請求一二〇万〇〇〇〇円)

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、弁護士費用は一六万円を相当と認める。

7  損害のまとめ

以上によれば、幾榮の損害賠償請求権は、一七七万三五四二円であると認められ、原告らはこれを各三分の一の割合で相続したから、結局のところ、原告らは、被告に対し、各自五九万一一八一円の損害賠償請求権を有すると認めることができる。

三  結論

以上の次第で、原告らの請求は、各五九万一一八一円及びこれに対する本件不法行為日である平成七年一〇月三一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面

交通事故現場の概況

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例